ワクワクくるくるリサイクルナプロアース

コンサルティング事業部

フクシマから逃げない理由

フクシマから
逃げない
理由

  • なぜ、フクシマに留まる選択をしたのか?
  • 「和」や「仲間」に、何か特別な想いでも?
  • ポンコツのリサイクルのオモシロサって何?
  • ズバリ、理想的なプロ組織とは?
  • 新たな仲間に伝えたい池本スピリッツ。
  • 5年後のナプロアースはどうなっているか?

なぜ、フクシマ留まる選択をしたのか?

正直に言ってしまいます。かなり迷いました。原発がこんなことになるとは考えてもいなかったので、本当に迷いました。実際に岩手で代替地を探してみたりもしました。でも、避難先の仙台から戻って、みんなで話し合った時、岩手まで行ける人はほんの僅かしかいないことが分かった。それぞれに家庭の事情がある。それは仕方ないことです。もし、県外に移転すれば仲間がバラバラになってしまう。それはどうしても避けたかった。一方、県内に留まれば四割ぐらいの仲間とまた一緒に働けることが分かった。それで、福島で再起しようと決めました。

県外に行くとなると私たちの仕事は許認可制ですから、移転先の役所に再申請して、認可を受ける必要があるとか、せっかく福島県内で高まった当社の知名度が無駄になってしまうとか、これまでに培ってきた人脈が途切れてしまうかもしれないといった点ももちろん心配ではあったけれど、それらの理由は決定的なものではなかった。

私は自分が生まれ育った自然豊かで、思い出が詰まったふるさと福島を愛しています。だから簡単に離れるつもりはない。そして、もっとも大きな理由、それは苦労を共にしてきた仲間とバラバラに離れてしまうことは耐えられなかったのです。

幸いなことにここ梁川に適地を見つけました。放射線量も比較的低く、土地も広い。設備も新しくしたので働きやすい環境が間もなく完成します。今いる12人のスタッフに加えて、新たに約30〜40人を採用して、40〜50人の体制で本格的に再開するための準備を進めています。(2011年10月現在)

浜通りの南相馬の工場は、これまで通り稼働して6人が働いています。広野工場も時期はまだ未定ですが、来年には何とか現地で人を募集して、再開したいです。震災でいったんは避難せざるを得なくなった仲間と、また一緒に働いて福島に「和」のある組織を作りたいですね。

今回の震災とその後の復興に関して、さまざまな意見がありますが、私たちは微力ながら福島の復興に貢献したい。そのためにも、福島を離れる訳にはいかないのです。

「和」「仲間」に、何か特別な想いでも?

ひとことでは言えないのですが、これまで私が歩いてきた結果が「仲間」に支えられてきたからだと思っています。そして「仲間」が「和」という同じベクトルでまとまることが出来れば、それが私の理想とする強い組織につながっていくという想いをこれまでの経験から強く感じています。

震災後、避難先の仙台から帰ってきた後に、元スタッフに声を掛けたら、皆、大変な最中でも遠くに避難しているスタッフ以外は駆け付けてくれました。その時は本当に「和」を感じました。

会社をたたむか続けるかを判断しなければならなかった訳ですが、津波による被災車輌の引き上げや、同業仲間から届けられたガソリンや飲料水などを役所に運んだり、被災した自分たちの地域の復旧活動、さらに浜通りの工場から工作機械を運び出したり、遠くに避難したスタッフに救援物資を送ったりなど、やらなければならないことが山ほどあり、自分たちや会社のことは後回しにせざるを得なかったのですが、同業他社が業務を再開した知らせを聞いて、このまま何もせず立ち止まっていてはいけないと感じて再スタートを決意しました。でも、給料もまともに払えない、さまざまな不安で押しつぶされそうになる中で、怒濤のように押し寄せる大きな力に押されて再開を決断させられたような状況でした。地震と原発事故が引き起こした非常事態という困難にもかかわらず集まってくれたメンバーが今一緒にいる仲間なわけです。これ以上の仲間はいませんね。

「和」にこだわる理由の参考になるかどうかわかりませんが、少し長くなるけど、当社の歴史を振り返ってみます。

創業は1996(平成8)年なので、15年が過ぎました。この間さまざまなことがありました。変な話になりますが、スタッフを怒らなくなったのは最近のことなんです。それまではつい怒鳴ったりして私に泣かされた人がたくさんいました。私のシゴキに耐えきれず、辞めていったスタッフもお恥ずかしい話ですが、実際には何人もいます。今思うと、私自身に力がなかったから従業員のケツを叩くしかなかったんですね。

でも、当時はそんなことには思いも及びません。退職者が出るたびに「ウチの方針に合わないで辞めていくヤツは仕方ねえ」みたいにカッコつけていました。私も若かったですからね。でも、本当は寂しかった。どうして辞めてしまうのかと思って悩みました。

売上の数字は一応上がっていても、人が辞めていく会社がいい状態のはずがありません。会社は楽しくない雰囲気になっていく。楽しくなるにはどうすればいいかを模索した時期がありました。勉強会に出席したりして自分なりに考えてみるんですが、なかなか答えは見つからなかった。

その時に気づいたことがあります。原因はもしかすると俺自身じゃないのか、と。

草創期、とてもキツくてストレスから血尿を流す経験もしました。親類の借金の保証人になったことが裏目に出て、死を意識したこともあった。でも、周りの人から奇跡のような助けられ方をして苦しかった時期を何とか乗り越えることができた。

助けてくれた人はスタッフだったり、スナックのおばさんママだったりしたのですが、そういう人たちがすべて私にとっては「仲間」です。

最悪の時期を脱して、少し余裕がもてる時になってくると、私自身が燃え尽きてしまって仕事を楽しめなくなっていました。知らず知らずのうちにつまらない雰囲気をまき散らしてしまったことが問題なんじゃないかとあるとき気づいた。ちょっとバブリーなことも経験したことで現状に満足してしまいチャレンジを怠るようになってしまったんです。

チャレンジとか改革とかカッコよく聞こえるけど、それまで積み上げてきたものを否定することにもなるので実際には面倒くさい面も多いのです。だから、少し楽になりたかったという意識もあったのかもしれません。

そこからは新事業に挑戦したり、新しいショップを開業したりして、意識的に改革に挑みました。そうすることで社内に活気が戻りスタッフの定着率も回復し、何とか安定するようになったのです。

それ以降、私の中で従業員の満足度を重視する考え方に変わりましたね。私が「和」や「仲間」を重視するのはその頃の体験が大きいのです。

こういう「和」や「仲間」を力説すればするほど、若い人は「意味わかんねえ」とか「ウザイ」と感じるかもしれません。私自身も若い頃は、説教じみた話は大嫌いだったのでよく分かるんです。若い人なら、そういう感じ方が普通なぐらいでしょう。

しかし、実社会ではドロ臭いことでもあえてやらなければならない時がある。多くの人が反対しても、正しいと思うことを勇気を持って主張しなければならない時もある。それは、その場ではカッコ悪いことがほとんどです。しかし、長い目で見れば、カッコワルイ行いが、いい結果をもたらすことが多いのも事実なのです。カッコワルイが実はカッコイイにつながっている訳ですね。

「和」や「仲間」の意味をすぐに理解しろとは言いません。理解するには多くの時間が必要です。今は「ウザイ」とか「意味わかんねえ」と感じることの中に、先輩たちの知恵がギュッと詰まっているということを感じ取っておいて欲しいと思います。いつかきっと理解できる時が来ます。実は私も長い時間がかかったんですよ。ようやく、といったところなんです。

ポンコツリサイクルのオモシロサって何?

当社の業務はひとつがリサイクル部門でこれはクルマの買取、解体、部材別・部品別の分別、リサイクルパーツの生産などを行っています。もうひとつはクルマの中古パーツとタイヤの販売を行うショップ部門です。

当社ではラジオCMで「くるくるくるまのリサイクル」という表現を使っていますが、クルマが廃車された後のことを知らない方もいらっしゃるでしょうからおさらいの意味で当社の仕事の流れをご説明します。

まず、買い取ったクルマからフロンガス、液体、油類を抜いて前処理します。次に使えるパーツを取り外して洗浄し再利用できるかどうか検品とテストをした後に包装して商品化します。これを倉庫に保管しコンピュータで管理しています。この工程を担当するのが生産部で、当社がもっとも強みを発揮する部門です。

生産部で商品化されたパーツは中古品として国内で売れるものは販売し、海外からの要望があれば輸出します。

当社でパーツとして販売できない鉄などはプレスし、シュレッダーにかけた後、電炉メーカーなどに販売します。その後、鉄やアルミニウムとして再資源化され、さまざまな製品に再利用されるという流れになっています。

つまり、当社の業務をまとめれば、ポンコツを仕入れた後、中古パーツを分類選別して再利用できる商品の状態にまで仕上げて管理・販売し、当社の業務外の素材は再資源化できる業者に販売する会社といえます。

そして、この点が重要なのですが、当社の業務は2005年から施行されている自動車リサイクル法にすべて則って運営しているということです。

これが何を意味しているかというと、ダストの処分やオゾン層破壊の要因になっているフロンガス類、爆発のおそれがあるエアバック類が安全に処理されているということです。リサイクル法が整備されるまでは、廃車にかかる費用が捻出できない業者などによるクルマの不法投棄の問題が発生し、社会問題化していた時期があったのですが、当社では自動車リサイクル法に基づいて適正な処理をしていますので、安心して廃車依頼をしてほしいと思います。

この仕事のオモシロサは部門によりいくつかあると思いますが、生産部ならクルマの奥深さに触れることがあると思うし、営業なら大きな売上げを達成したときなどは嬉しいでしょうね。私の経験からいえば、昔から私を通じて高級外車を買ってくださるお客様がいます。この方とは一度採算を度外視して修理して差し上げたことがきっかけとなって、長年のお付き合いとなりました。修理の時の誠実さが通じたんだと思います。

リサイクルは地球環境に貢献しているというのが大きな意味でのオモシロサなのは確かですが、日々の仕事の中では、与えられた任務の達成、国内外のお客様との交流、技術的な追究などが仕事としてオモシロイと思います。

ズバリ、理想的プロ組織とは?

当社は企業として、当然、売上目標があります。それを達成するのための任務は全うしていただかなくてはならない。そのための方法は幾つかありますが、まずは基本に忠実であることと向上心を忘れないことが最大のポイントです。仕事をするときは、集中してピリッと仕事をする。これがプロの基本です。これを私は武士道の精神としてスタッフには分かって欲しい点です。

しかし、人は集中ばかりはしていられないので、遊ぶときは思い切り遊ぶ。この点も重要です。

私自身、若かった頃にはテニスやサーフィンに熱中した頃もありましたし、今も週に2〜3日は自転車で通勤しています。スポーツはカラダにいいのはもちろんですが、最適な気分転換にもなりますから継続したいですよね。

要はガンバル時はガンバル。休む時は休む。どちらも重要な点なので、プロはそのバランス感覚に優れていることが大切なんだろうと思います。

さらに、そういう高い意識をもったプロの集団がお互いに助け合う「和」の精神で結ばれている。それが実現できている集団は強いと思います。当社では、まだそれが実現できていると言えませんが、いつかそういう理想的な集団になれるよう日々精進していきたいです。

新たな仲間に伝えたい池本スピリッツ。

新たに入ってくる仲間にあらためて伝えたいことは、単純に言ってしまえばチャレンジを恐れないということでしょうか。

私がこの業界に入ったときに強く感じていたことがあります。それは以前の自動車リサイクル業界の殿様商売的な態度を何とか改善したいという想いでした。

以前はとてもお客様を相手にする態度ではない会社が多かった。特に自動車リサイクル法が施行される前はひどい状態のところがあった。廃車代金をお客からもらっているのに、廃車せずに転売するような不正行為が行われていました。そういう業界を何とか改善したいと思っていました。

昔の自動車リサイクル業者は目立つ場所に会社を作りませんでした。中古パーツを売る会社は、目立たないところに隠れるように立地していたところがほとんどでした。私はそこから変えたかったので、国道に沿った目立つ場所に、きれいなショップを作って、たくさんのお客様に買いに来て欲しかったのです。

自分がそうしたいからそうしたまでなのですが、それが業界からは反感を買ったこともあります。業界の商慣習を破っているように映ったんでしょうね。私としては、単に自分がしたい通りにやったまでなのですが、結果的には大きなチャレンジになったようです。

また、インターネットがまだ目新しかった頃、いち早くネット通販にもチャレンジしました。当初はクレームも多く対応に苦慮しましたが、次第にノウハウもたまって少しずつ軌道に乗りました。現在ではそれが発展して、廃車ドットコムという合同会社を立ち上げ、全国展開しているところです。これは「個人向け廃車引取業務」を行っている会社の集合体です。個人のお客様から直接クルマを仕入れて法律に則って適正にリサイクルすることを目指しています。こういう組織を作ったのも、日本では私が初めてだと思います。

それからもうひとつ、廃車から電気自動車を作るプロジェクトにもチャレンジしていて、実際にバッテリーで電気モーターを動かして公道を走れる二人乗りの電気自動車「コンバートEV」を完成させました。これは軽自動車の廃車を利用して作った電気自動車です。家庭で充電できるし、一回の充電で60㎞ぐらい走るので自転車代わりに使うにはちょうどいいでしょう。このように本業とは少し違う分野へのチャレンジスピリットを持ったスタッフがいるというのも当社の大きな強みです。

ここまで話すともう分かっていただけると思いますが、当社には挑戦する意志を持った方にぜひ来てほしいですね。常に向上心と好奇心を持ち続ける当社に応募すること自体が挑戦だと感じている人がいるとしたら、それは大歓迎です。その意志を大切にして挑戦してきてください。お待ちしています。

弊社もいつか社長が私から次の世代に変わる日が来るでしょう。でも、別に銅像を作って欲しいとは思いませんし、極端な言い方ですが、私のことを忘れてしまっても構わないんです。ただひとつお願いしたいのは、当社のこういう精神だけは継承し続けて欲しいと思います。

最近の話ですが、当社の社是を新たに制定しました。それは「道理再来」としました。

「道」は先程も話した「武士道」です。高いプロ意識を持って基本を忠実にこなし、向上心を忘れないという精神です。

「道理」は人が行うべき正しい道です。いつも正直に、良心が痛むような行為はしない。損得ではなく善悪で判断して行動できる人としての正しい判断基準を持つことです。

「再」は私たちの生業であるリサイクルそのものですが、震災からの「再生」「再興」の意味合いも含んでいます。

そして「来」。これは「未来・将来」を意味していますが、もうひとつの意味としては「将来、子どもたちが入社を夢見る企業になろう」というものです。

現状では、まだ子どもたちが夢見る企業になったと思ってはいません。でも、自分たちの挑戦次第では、会社の未来を自分たちが理想とする姿に変えていくことができると思っています。

5年後ナプロアースはどうなっているか?

5年後ですか。そうですね……。

自動車リサイクル業界全体がどう変化していくのか未知数の部分があります。国内の車の台数は減っていく可能性が高いと思いますが、海外は増えていくでしょうから、日本からの輸出が伸びていくでしょう。

ショップも増やしたい。今、ホットガレージというショップを展開しているので充実させたいですね。中古でもこんな楽しいショップが出来るんだというような店づくりをしてみたいです。

ナプロアースとしては、年間売上10億円以上を達成して、株式上場したい。昔からそういう夢は持っています。

些細なことを言い出せばキリがありませんが、例えば、社内的なルールが確立されていて、それをスタッフがキチンと守っている。先輩スタッフが若いスタッフを教育出来ている。さらに、先ほども話したようにナプロ人の精神が継承されていて、スタッフが誇りを持って働いている、そういう環境になっていて欲しいですね。

これは現状でも実現していることですが、引退したスタッフとの間がネットワークで繋がっているといいと思います。引退してからもナプロ人であったことを誇りに感じて、仲間のままでいて欲しいです。

それから当社のことなのでチャレンジは続いているでしょうから、何か他の分野に進出しているかもしれません。私は旨いものを食べるのが大好きなので、飲食業界とかに進出しているかもしれませんよ。

震災時にコンビニ弁当を何日も食べましたが、一日二日なら平気なのに、長くは食べ続けられませんね。手作りのおにぎりやお弁当は飽きることがないのに、あれはどういうことなんだろう? こんなことを考え出すと止まらなくなってしまいますね。

それと、震災前の福島より魅力ある福島になっていて欲しいですし、そうなると確信しています。

そうそう、個人的には自転車で日本一周なんてしてみたいですね。誰か一緒にチャレンジしてみませんか?

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