窒素ガス充填再考察
以前のコラムで基本的に肯定する方向で窒素ガス充填についての見解を述べましたが、その後いろいろな情報を見聞きする中で、「本当かなぁ…」という面も出て来ました。ここで改めて情報を整理し、タイヤに窒素ガスを充填するメリット・デメリット、必要か否かを再検証してみようと思います。
初めに言い訳させていただきますが、私は化学、物理に関しては高校の授業で学んだだけで基本的にはシロウトです。付け加えるなら両課目とも成績は赤点でした。WEB上の情報、専門ショップの見解、一般の方よりは多いであろう周囲からの情報や自らの経験を基に、私なりに解釈して解説します。その筋の専門の方から見れば「おいおい」ということもあるかと思いますが、その際はぜひご意見をお寄せください。
<空気圧が低下しにくくなる>
これが窒素ガス充填のいちばんのメリットとされている部分です。バルブ周りなどに特にトラブルがなくても空気圧が自然に低下して行くことは、皆さん経験としてご存知のことと思いますが、窒素ガスを充填すると空気圧が低下しにくくなる、と言われています。
その理由として「分子のサイズが酸素より窒素の方が大きいので、ゴムの微細な穴から抜けにくい」という点が挙げられていますが、実際には分子の大きさはそれほど変わらず、質量だけを見れば酸素よりも窒素の方がいくらか軽いそうです。
ただ、気体が膜状の物質をどれくらい通り抜けるかを示した【透過係数】というデータによると、天然ゴムでは酸素の23.4に対して窒素は9.5、ブチルゴムでは酸素の1.3に対して窒素は0.325と、明らかに窒素の方が透過率が少なくなっています。この数値から判断すれば、空気よりも窒素ガスを充填した方が圧が下がりにくいことは確かです。
しかし、まったく抜けないわけではありませんし、現実問題としてタイヤとホイールの接合面やエアバルブ、バルブのムシからの漏れもありますから、定期的なチェックは欠かせませんし、その時に空気で調整したのでは意味がありません。仮にこういったトラブル的な漏れがないとしても、2〜3ヵ月に1回はチェックしたいところですが、微調整のために500円、1000円かけてタイヤショップで窒素ガスを入れて貰うのも非現実的です。個人的には1ヵ月に1回ガソリンスタンドなどでエアチェックすれば済むこと、と思うのですがいかがでしょう。
<温度による空気圧変化が少ない>
窒素ガスは、酸素よりも温度による体積変化が少ないので、タイヤの温度変化による空気圧の変化が少ないと言われています。しかし「気体の体積は、気体の種類に関係なく圧力に反比例し、温度に比例する」という【ボイル・シャルルの法則】によれば、窒素でも酸素でも温度による圧力変化は変わらないはずです。
しかし、5月の連休に4輪の草レースの手伝いで筑波サーキットに行って来たのですが、窒素ガスを充填したタイヤ圧を練習走行前に2.0kgに合わせ、5周してからピットインさせて再チェックしたところ、約2.2kgまで上がっていました。ドライバーによると同じ条件で空気だと2.7kgぐらいまで上がることがあるということです。
現実問題としてこの差は何なのか? 情報をまとめてみると、どうやら空気中に含まれる水分が影響しているらしいのです。空気中に水分が含まれていることは皆さんご存知のことと思います。タイヤに空気を入れるのに使われるコンプレッサーには、水分を除去する装置が別途用意されているのですが、塗装に使うコンプレッサー以外にはまず装着されていないのが現実です。空気圧調整を繰り返す中で水分が徐々に凝縮されるのか、交換時にタイヤの内側に湿気を感じるケースも少なからずあります。
仮に水分が液体としてタイヤの中に溜まり、それが熱によって気化した場合、体積は1700倍にもなるということです。一方、ボンベから充填される窒素には基本的に水分は含まれていません。どうも「空気圧変化が少ない」というのは、窒素ガスそのものではなく水分が影響しているようです。ただ、空気中の水分にまで気を配っているショップが少ない現状を考えると、窒素ガス充填の副産物的なメリットと考えても良さそうです。
<タイヤノイズが減る>
窒素は、空気よりも音の伝わるスピード(伝播速度)が遅いことから、窒素ガスを充填するとロードノイズが低減すると言われています。具体的に伝播速度にどの程度の差があるのかまでは調べがつきませんでしたが、仮にそれが本当だとしても、そもそもタイヤから出るノイズのほとんどは、タイヤそのものの動きや溝の中で空気がぶつかり合うことによるものですから、タイヤ内部の音が多少減ったところで体感できるほどの差にはならないでしょう。
<タイヤやホイールの寿命が延びる>
空気には水分が含まれていますし、酸素自体も活性ガスなので、長い間にホイール内側やタイヤ内部のスチールコードに悪影響を与える可能性があります。対する窒素ガスは他の物質と容易には反応しない不活性ガスで、ボンベから充填される窒素には水分も含まれていませんから、そういった心配がなくなるわけです。
ただ、水分と酸素が影響してホイールとタイヤがボロボロになるのに、何年かかるか想像もつきません。それ以前に溝がなくなるか、サイドウォールにヒビが入って交換しているはずですから、実際にその恩恵にあずかることはまずないと思っていいでしょう。
<バースト時に燃えない>
窒素は不活性ガスですから、万が一タイヤがバーストした際に爆発や火災の元になることがありません。航空機やF1のタイヤにいち早く窒素ガスが使われ始めたのは、実はこれがいちばんの原因とも言われています。しかし、一般車で高速走行中にタイヤがバーストしたら、火の心配をする前に無事に止まれるかどうかが先決になりますから、これをメリットと言うには無理があるでしょう。
<結論>
以上のように、タイヤに窒素ガスを充填する意味は多かれ少なかれ確かにあります。仮に体感できるほどの効果がなかったとしても、悪影響を与える要素はひとつもありません。ただ、空気圧調整が完全に不要になるわけではありませんし、真夏にワインディングを攻めてもタイヤがハネ回るほど内圧が上がることもありませんから、一般公道でそのメリットが実感できるかどうかは疑問です。
「体感できるできないは別にしてメリットは確かにある。クルマに悪影響を与えることもない。でも一般公道を走るクルマにとっては絶対に必要なものではない」ということで、窒素ガス充填問題のひとつの結論としたいと思います。
(2002年10月3日)